縁あって、デンマーク Denmark and I
このページは、サイト開設時には「Dreams」というタイトルでしたが、その後だんだん現実になってきたデンマークとの縁。
その間に私自身の心境やスタンスも少しずつ変化していますが、ここには当初から少しずつ記事を追加していったものを掲載しています。
そんなわけで、まだまとまりに欠けますが、徐々に整えていきたいと思っています。
まずは Dreams come true の流れを喜び、助けてくださっている関係者の方々に心からの感謝を捧げます。
------ ------ ------ ------ ------ ------ ------ ------
このコーナーを書き始めてから、早いもので10年以上経ち、少し内容を見直す必要が出てきました。
新しい記事をアップするにあたり、過去の投稿記事については、当初の語調はそのままに、少し註でフォローを入れてあります。
◆ 歌文化が支える質素で実のあるデンマーク精神 ◆ NEW!!
最近ヒュッゲ hygge というデンマーク語を以前より多く見かけるようになった気がします。hyggeについては生成AIも、「心地よい空間や時間、人とのふれあいから生まれる幸福感」などという定義をズバッと出してきますが、コロナ禍を経験して以降、デンマークにとどまらず、広くその価値が尊ばれるようになってきたといえるかもしれません。デンマークには何か素敵な世界があるらしいと思っている人たちが増えているとしたら、その素敵な世界のシンボルのひとつがヒュッゲなのかも。そんな世界観を、日本人が肌感覚でシェアできるものが、実は結構身近にあると気づきました。それは「足るを知る者は富む」という格言。これはタオなどでもおなじみの老子の言葉(仏教の「知足」もほぼ同義です)で、今ある恵みに感謝し、際限なく膨らみがちな欲に打ち勝つことで、精神的な充足を得るというもの。これは今話題の「マインドフルネス」や断捨離、ミニマリズムなどにも通じます。じゃあ努力なんて必要ないのかと、現状に妥協して諦めて無気力に過ごすこととは違います。頑張るのはいいけれど、身の丈を超えると苦しくなるぞ、ということ。でもこれは言うは易しというか、なかなか判断の難しいところだと思います。
◆「 福祉大国」デンマークと必然的に出会う ◆
数年前から、ある必然的な事情(註:つまりは親の介護という、誰もが多かれ少なかれ関わる状況)によりこの国に興味を持つようになり、その豊かで深い精神性に魅せられてきました。
その間に私自身の心境やスタンスも少しずつ変化していますが、ここには当初から少しずつ記事を追加していったものを掲載しています。
そんなわけで、まだまとまりに欠けますが、徐々に整えていきたいと思っています。
まずは Dreams come true の流れを喜び、助けてくださっている関係者の方々に心からの感謝を捧げます。
------ ------ ------ ------ ------ ------ ------ ------
このコーナーを書き始めてから、早いもので10年以上経ち、少し内容を見直す必要が出てきました。
新しい記事をアップするにあたり、過去の投稿記事については、当初の語調はそのままに、少し註でフォローを入れてあります。
◆ 歌文化が支える質素で実のあるデンマーク精神 ◆ NEW!!
最近ヒュッゲ hygge というデンマーク語を以前より多く見かけるようになった気がします。hyggeについては生成AIも、「心地よい空間や時間、人とのふれあいから生まれる幸福感」などという定義をズバッと出してきますが、コロナ禍を経験して以降、デンマークにとどまらず、広くその価値が尊ばれるようになってきたといえるかもしれません。デンマークには何か素敵な世界があるらしいと思っている人たちが増えているとしたら、その素敵な世界のシンボルのひとつがヒュッゲなのかも。そんな世界観を、日本人が肌感覚でシェアできるものが、実は結構身近にあると気づきました。それは「足るを知る者は富む」という格言。これはタオなどでもおなじみの老子の言葉(仏教の「知足」もほぼ同義です)で、今ある恵みに感謝し、際限なく膨らみがちな欲に打ち勝つことで、精神的な充足を得るというもの。これは今話題の「マインドフルネス」や断捨離、ミニマリズムなどにも通じます。じゃあ努力なんて必要ないのかと、現状に妥協して諦めて無気力に過ごすこととは違います。頑張るのはいいけれど、身の丈を超えると苦しくなるぞ、ということ。でもこれは言うは易しというか、なかなか判断の難しいところだと思います。
この境地に達するためには、時には失敗も必要でしょう。デンマークだって、祖先はあのヴァイキングです。広大な領土を獲得した時代があっても、その後度々の敗戦によって資源のない弱小国に転落した経験から立ち上がるプロセスの中で、この精神が顕在化してきたと言えます。自国の文化を守り、民族の誇りを保つための結束が謳われ、その様々な試みのなかで、大切にされてきたのが「歌文化」です。民族の言葉デンマーク語で声を合わせて、下手でもいいから、共に歌うことで醸成されてきた一体感。そうして「これでいいんだ」と確かめ合うことで、前に進めたのでしょう。
IT先進国のデンマークでは、今はもちろん電子機器による音楽や、コマーシャリズムの市場が先導する音楽も盛んですが、その根っこにはこの歌うことで支えてきた自己肯定感の土台が今もしっかりとあります。(2025.9.13)
◆The Danish spirit, simple yet substantial, sustained by song culture NEW!!
Lately, I feel like I've been seeing the Danish word “hygge” more often than before. Generative AI promptly defines hygge as “a sense of well-being born from cozy spaces, moments, and human connection.” Since experiencing the pandemic, its value has likely come to be cherished not just in Denmark, but more widely. If more people are starting to think Denmark holds some wonderful world, hygge might be one symbol of that world.
I realized that something quite close at hand allows Japanese people to intuitively share such worldview as Denmark. It's the proverb: “He who knows when he has enough is rich.” This is a familiar saying from Laozi, known in Taoism (Buddhism's “knowing contentment” is nearly synonymous), meaning to gain spiritual fulfillment by being grateful for present blessings and overcoming desires that tend to expand without limit. This resonates with today's popular concepts like mindfulness, decluttering (Dan-sha-ri), and minimalism.
However, it's not about giving up and resigning yourself to the status quo, thinking effort is pointless. It's about understanding that while striving is good, pushing beyond your limits only leads to suffering. But this is easier said than done—it's a tricky judgment call, I think.
To reach this state of mind, failure is sometimes necessary. Denmark's ancestors were Vikings, after all. Even though they once conquered vast territories, it was through the process of rising from the experience of falling into a resource-poor, weak nation after repeated defeats that this spirit became apparent in Dane’s mind.
The unity that protects their culture and preserves their national pride is celebrated, and among the various efforts to achieve this, the “song culture” has been cherished. By singing together in unison in their national language, Danish—even if some were not very good at singing properly—a sense of unity has been cultivated. And by reassuring each other that “we are OK,” they were able to move forward.
In Denmark, an IT-advanced nation, electronic music and commercially driven music are certainly thriving today. Yet at the core of their musical spirit, the foundation of self-affirmation built through singing remains firmly in place. (2025.9.15)
◆「 福祉大国」デンマークと必然的に出会う ◆
数年前から、ある必然的な事情(註:つまりは親の介護という、誰もが多かれ少なかれ関わる状況)によりこの国に興味を持つようになり、その豊かで深い精神性に魅せられてきました。
福祉の世界は一般に、当事者になってみないとなかなか知る機会がないものかもしれませんし、現場は本当に多種多様で、必ずしも恵まれているところばかりではないという現実もあるでしょう。私もごく一部にかかわっているだけではありますが、その奥深さや可能性を知れば知るほど、はまってしまう世界という実感を持っています。
これからの日本を思い、自分たちの世代としてできること、次世代につなげてゆけることは何か、そして何より音楽家として何ができるのか。
福祉立国JAPANを夢見て、いろいろな思いをつづってみたいと思っています。 (2014.10.26→註:2025年加筆)
◆ デンマーク大好き、だからこそ…? ◆
だからこそ。完全にかぶれてしまってはダメなのだと思います。
このサイトをご覧になった方はきっと、わぁ、デンマークにハマってる人なんだ、という印象を持たれると思いますので、ちょっと意外に感じられるかもしれませんが、ここが実は大事で、もっとも難しいところなのだと思っています。
惚れたらとことん…それも必要だと思います。でもその一方で、冷静に空から俯瞰できる、もう一人の自分を持つように意識する。そうしないと、足元をすくわれてしまう。本当の信頼関係を結ぶためには、一方的に理想化して寄り掛かるだけでは、いずれ無理が出てくると思うのです。
グローバル化が急速に進み、情報も世界中で共有できる時代がやって来ました。私の印象では、80年代90年代あたりに比べると、海外での日本人についての情報は、近年圧倒的に増え、ステレオタイプな見方もかなり修正されてきたように感じます。そう、思っている以上に日本人は正当に評価されてきている、尊敬されているかもしれないと。
そんな今、それぞれの背景のなかで、このすばらしい福祉大国のあり方を、よくかみ砕いて自分のものにしながら、日本人ならではの貢献でお返しができたらと。そんな気持ちでいます。 (2015.1.27)
註:この記事を書く数年前から、日本語でデンマークを紹介する「デンマーク本」をたくさん読みました。目を開かせられる情報がたくさんある一方で、いわゆる「礼賛本」(デンマークなら全部マルで、我が国はバツだというような)がかなり多い事にも驚かされ、ここは気を付けなければいけないなと、気を引き締める思いでした。その後デンマークに行くたびにずっとお世話になってきた通訳・コーディネーターの田口繁夫さん夫妻とも、このあたりについては何度も意見交換して盛り上がった部分です。(2025.9.13)
◆ 魂の歌って、何だろう? ~音楽家から見た福祉大国~ ◆
思いがけないきっかけでデンマークと関わることになりましたが、音楽家として、渡航当初からしっかり意識していたことが一つあります。それは、旅の記事のタイトルにもなっている「魂の歌」ということでした。
◆ デンマーク大好き、だからこそ…? ◆
だからこそ。完全にかぶれてしまってはダメなのだと思います。
このサイトをご覧になった方はきっと、わぁ、デンマークにハマってる人なんだ、という印象を持たれると思いますので、ちょっと意外に感じられるかもしれませんが、ここが実は大事で、もっとも難しいところなのだと思っています。
惚れたらとことん…それも必要だと思います。でもその一方で、冷静に空から俯瞰できる、もう一人の自分を持つように意識する。そうしないと、足元をすくわれてしまう。本当の信頼関係を結ぶためには、一方的に理想化して寄り掛かるだけでは、いずれ無理が出てくると思うのです。
グローバル化が急速に進み、情報も世界中で共有できる時代がやって来ました。私の印象では、80年代90年代あたりに比べると、海外での日本人についての情報は、近年圧倒的に増え、ステレオタイプな見方もかなり修正されてきたように感じます。そう、思っている以上に日本人は正当に評価されてきている、尊敬されているかもしれないと。
そんな今、それぞれの背景のなかで、このすばらしい福祉大国のあり方を、よくかみ砕いて自分のものにしながら、日本人ならではの貢献でお返しができたらと。そんな気持ちでいます。 (2015.1.27)
註:この記事を書く数年前から、日本語でデンマークを紹介する「デンマーク本」をたくさん読みました。目を開かせられる情報がたくさんある一方で、いわゆる「礼賛本」(デンマークなら全部マルで、我が国はバツだというような)がかなり多い事にも驚かされ、ここは気を付けなければいけないなと、気を引き締める思いでした。その後デンマークに行くたびにずっとお世話になってきた通訳・コーディネーターの田口繁夫さん夫妻とも、このあたりについては何度も意見交換して盛り上がった部分です。(2025.9.13)
◆ 魂の歌って、何だろう? ~音楽家から見た福祉大国~ ◆
思いがけないきっかけでデンマークと関わることになりましたが、音楽家として、渡航当初からしっかり意識していたことが一つあります。それは、旅の記事のタイトルにもなっている「魂の歌」ということでした。
福祉大国たるデンマーク、その深い精神性にふれるにつけ、音楽家としては、その心の根っこにどんな音楽、というか音楽の素のような「うた」があるんだろうかと、知りたい思いに駆られました。心の根っこにある「うた」、それを仮に「魂の歌」と名付けてみたらどうだろう。それは、今を生きる私たち日本人と、何かかぶったり、共感できるような響きがあったりするかもしれない。それを、私なりの感覚で料理して、新しい世界が広がったら素敵だな、お互いを面白がりながら、未来を見ていけたらいい。そんな壮大な夢を描き始めたのです。
ところで皆さんは、魂の歌というと、何を想像するでしょうか。「え~、そんなこと考えたことない」という方もたくさんいらっしゃるでしょう。そもそも魂って何だ、とか考え出すと果てしなくなってしまいますから、とりあえずのところ、自分にしっくり来る音楽、体臭のようになじむ音楽ととらえると、どうでしょう。物心ついた時からなじみのある音楽や、もし自分が死ぬ時に、記憶の底から立ち上ってくる音楽があるとすれば、それはどんな音楽でしょうか。
もちろん、日頃音楽にウルサイ方のなかには、これぞ我が魂の音楽、というこだわりを持っておられる方もあると思います。これには個人差もすごく出てきます。日本人ならぜったい演歌に決まってる、いや私はバッハだ、モダンジャズじゃなくっちゃ、クラシックって言ってるけど本音はアイドルのあの人…などなど議論は白熱し、あわや炎上、という世界かもしれません。その一方で、民族や地域に由来する、多数決的な路線もやはり出てくると思います。あんたがたどこさ、のような誰もが育つ過程で歌ってきたもの、そして母親の声で覚えている子守歌のたぐい。そして、感情を揺さぶられた体験と記憶のなかで共にある、思い出の曲、などなど…。
音楽は個人の生きてきた姿に寄り添い、社会を映し出すものなのでしょう。魂の歌。あなたにとって、それはどんな歌ですか? (2015.4.5)
◆音楽で「福祉」を問いかける意味◆
このサイトをご覧になった方から時々、「音楽家にしては珍しく、左脳も使ってるんですね」という種類のコメントを頂くことがあります。音楽家というと、一般にはパフォーマンスで圧倒する世界、という既成概念があるからなのでしょう。ストイックな部分が強調された情報も、多く目にします。
確かに音楽家には様々なあり方があると思いますが、実は私は、音楽という「窓」を通して、広い視野を得たり、柔軟な考え方ができるようになると感じてきました。
(註:この記事を書いた当時は、音楽家へのこういうちょっと残念な見方に対して、積極的に反論せずその場に応じてスルーしながら、さらりと意見を述べることも方便として必要なこと、と考えていましたが、時代も移り、発言のあり方も変わってきました。今は、日本における音楽家全体へのリスペクトということが、もっと尊重されるべきと考えており、それが後に続く方たちへの使命であるとも考えています。そう、右脳を使ってるから左脳も活性化できるんです!いい音楽は、いい学びから!)
音楽は、人の「想い」から出てくるもの。その「想い」とは、例えば喜び、悲しみなどの名前のつく「想い」よりも、もう少し心の深いところにあるもの。音楽を作り、演奏を高めてゆくことは、この「想い」との対話です。
さまざまな想いと出会い、音楽の形にして、演奏者と分かち合い、聴衆につなげてゆく仕事、それが作曲・編曲家の役割なのだと考えています。「想い」にいつもアンテナを張っていると、思わぬところでビビッと反応することがあります。その一つが、福祉大国たるデンマークの精神性でした。長寿大国日本の本当の幸せのために、音楽家としてできることは何か、という風に考えるわけです。(2017.7.2) --- 2017年4月の主催公演より。(註は2025.9.13)
◆幸福感の扉を開く「残存能力」という見方◆
福祉に特に興味のある方以外の一般の方々にとっては、もしかしたら福祉の話などは、できるなら、例えば介護の担い手になるなど、それがわが身に降りかかるまでは、なるべく避けて通りたいことの一つなのかもしれません。しかし、北欧福祉の考え方は、施設などの支援の場だけでなく、というよりもむしろそれ以前に、健常な人々の価値観にこそ、大きな力を持っていると私は考えています。
「残存(ざんぞん)能力」。これは福祉の専門用語で、心身のどこかに不自由なところが生じた時に、マイナス面を見るのではなく、その時点で残っている機能や能力についてきちんと評価し、それを最大限に生かしてゆこうという考え方です。よく「コップに水が半分ある。半分しかないと思うのか、半分もあると思うのか。」というたとえが、プラス思考に発想を変えてゆくための導入として使われますが、これと同じ感じです。
デンマークは11~12世紀の頃はイングランドも支配するほどの大帝国だったのに、その後度々の敗戦などで、資源のない弱小国に転落しました。しかしそこから這い上がり、世界一幸福な国と言われるまでに再生・復活できたことの大きな原因は、この「残存能力」を生かすという発想だったと言われます。まずは考え方から。それが人々の幸福感の扉を開くと思っています。(2017.9.22)--- 2017年4月の主催公演より。
→ → → トップページへ To the front page ◆ 音楽家から見た 北欧福祉の極意「ノーマライゼーション」◆
福祉について、わかりやすく語り、意見交換をするのは、思った以上に難しいものかもしれません。プライバシーの問題がまず大きくあり、さらには差別の問題や、人の生死にかかわることなど、どうしてもシビアな話になってきます。また福祉の世界は、理屈や図式で学ぶというよりは、現場で実体験のなかから感じ取ることでつかんでゆく、本質的にそういうものかもしれません。でもそんな現場感覚を伝えてゆくことが、きっと私達の将来を支える力になるのではないか。このコーナーはそんな気持ちで綴っています。
デンマークの福祉で、極め付けだと思えるのが、このノーマライゼーションの考え方です。例えば高齢になって、心身の自由がきかなくなってきたとしても、或いは障がいを持っていたとしても、それが「不幸」であるとは考えず、その人のその時々でのあり方として受け入れ、サポートしてゆこうという考え方。ある決まった枠組み(普通、健常などの)に入るかどうかで分けるのではなく、状況を受け入れることで、その人らしい生き方を、支援を力にしながら見つけてゆこうというもの。Normalization は、ノーマルにする、本来あるべき形にする、という意味で、時事英語で「国交正常化」という時もこの言葉を使います。
世の中には、福祉について、(不幸な人たちに)上から手を差し伸べることだという誤解も根強くありますが、それでは施す方も受ける方も、よい関係を保つことはできません。では逆に、不幸の反対にある「幸福」って一体何だろうと気になってきます。何が幸せか。それはひとりひとり違うし、年代によっても変化する「主観」の世界です。自分が幸福だと感じることができるか、ということ。デンマークは、この主観的に幸福と感じる「幸福度」調査で、何度も統計上世界一になっている国です。
ノーマライゼーションは、20世紀半ばに、デンマークのバンクミケルセン Neils Erik Bank-Mikkelsen が提唱した、まだ比較的新しいものですが、たとえばこれより約100年前に書かれたアンデルセンの作品などには、この人間観の根っこが垣間見られるものがあります。そんなデンマークの文化や精神性を、音楽家の立場でかみ砕きながら、日本の高齢化社会の意識を支える基盤として成熟してゆくことを夢見て、少しずつ紹介することを始めています。(2015.8.31) --- 2015年7月の主催公演より。
◆音楽で「福祉」を問いかける意味◆
このサイトをご覧になった方から時々、「音楽家にしては珍しく、左脳も使ってるんですね」という種類のコメントを頂くことがあります。音楽家というと、一般にはパフォーマンスで圧倒する世界、という既成概念があるからなのでしょう。ストイックな部分が強調された情報も、多く目にします。
確かに音楽家には様々なあり方があると思いますが、実は私は、音楽という「窓」を通して、広い視野を得たり、柔軟な考え方ができるようになると感じてきました。
(註:この記事を書いた当時は、音楽家へのこういうちょっと残念な見方に対して、積極的に反論せずその場に応じてスルーしながら、さらりと意見を述べることも方便として必要なこと、と考えていましたが、時代も移り、発言のあり方も変わってきました。今は、日本における音楽家全体へのリスペクトということが、もっと尊重されるべきと考えており、それが後に続く方たちへの使命であるとも考えています。そう、右脳を使ってるから左脳も活性化できるんです!いい音楽は、いい学びから!)
音楽は、人の「想い」から出てくるもの。その「想い」とは、例えば喜び、悲しみなどの名前のつく「想い」よりも、もう少し心の深いところにあるもの。音楽を作り、演奏を高めてゆくことは、この「想い」との対話です。
さまざまな想いと出会い、音楽の形にして、演奏者と分かち合い、聴衆につなげてゆく仕事、それが作曲・編曲家の役割なのだと考えています。「想い」にいつもアンテナを張っていると、思わぬところでビビッと反応することがあります。その一つが、福祉大国たるデンマークの精神性でした。長寿大国日本の本当の幸せのために、音楽家としてできることは何か、という風に考えるわけです。(2017.7.2) --- 2017年4月の主催公演より。(註は2025.9.13)
◆幸福感の扉を開く「残存能力」という見方◆
福祉に特に興味のある方以外の一般の方々にとっては、もしかしたら福祉の話などは、できるなら、例えば介護の担い手になるなど、それがわが身に降りかかるまでは、なるべく避けて通りたいことの一つなのかもしれません。しかし、北欧福祉の考え方は、施設などの支援の場だけでなく、というよりもむしろそれ以前に、健常な人々の価値観にこそ、大きな力を持っていると私は考えています。
「残存(ざんぞん)能力」。これは福祉の専門用語で、心身のどこかに不自由なところが生じた時に、マイナス面を見るのではなく、その時点で残っている機能や能力についてきちんと評価し、それを最大限に生かしてゆこうという考え方です。よく「コップに水が半分ある。半分しかないと思うのか、半分もあると思うのか。」というたとえが、プラス思考に発想を変えてゆくための導入として使われますが、これと同じ感じです。
デンマークは11~12世紀の頃はイングランドも支配するほどの大帝国だったのに、その後度々の敗戦などで、資源のない弱小国に転落しました。しかしそこから這い上がり、世界一幸福な国と言われるまでに再生・復活できたことの大きな原因は、この「残存能力」を生かすという発想だったと言われます。まずは考え方から。それが人々の幸福感の扉を開くと思っています。(2017.9.22)--- 2017年4月の主催公演より。














