トップページ「季節の一曲」 2024年, 2025年 ~ 8曲 ~
♪初めての悲しみ♪
Erster Verlust (R. Schumann/ Nanase) (2Flutes) MOS No.77 (2021)
この編曲作品も、原曲はシンプルなピアノ曲です。よく小さい子供のピアノ発表会などで取り上げられる「楽しき農夫」が入っている曲集の中の一曲ですが、「シューマン・ユーゲント・アルバム」という名前になじみのある方も多いと思います。
こういうシンプルな曲には、編曲作品のベースに適したものが数多くあります。音が少ないから書き足しやすいのだろう、と思うかもしれませんが、それはむしろ二次的な理由で、シンプルな作品には音楽のエッセンスが凝縮されているので、他の楽器で演奏される際のイメージを潜在的に共有していることが多いというのが、私の考えです。
この曲の持つ、繊細で情感豊かな切ないメロディーは、子供ばかりでなく大人の心をも一瞬で心をとらえる力を持っています。フルートらしい響きがもともと音楽のエッセンスとしてあるという感じ方はきっと、ピアノから音楽に入ってフルートも演奏するようになった方ならピンとくるでしょう。
演奏をどうまとめるかは、好みによっていろいろなやり方があると思いますが、やはりフルートのどちらかというと現実を突き抜けたような音質を生かすとすれば、どっぷりと情感に浸るよりも、充分にうたいながらも冷静さを保った音楽という方向になると、うまくまとまっていくと思います。二本だけなので、たくさん出てくるかけあいの部分のまとめ方が、最も面白くかつ難しいところです。大人の音楽、でもそれは子供の心にも本当は豊かにあるのですね。(「季節の一曲」2025年10月~12月)
♪ロマンティックなワルツ(休暇の日々から 第1集 より)♪
Valse Romantique --- En Vacances 1er recueil Ⅶ (D. de Séverac/ Nanase) (2Flutes) MOS No.80 (2022)
原曲はピアノ曲で、「休暇の日々から」という組曲の中の一曲です。バカンスの気分が盛り上がってくる季節に、こんな音楽で奏でるバカンスはいかがでしょう。
最近いろいろな編曲が出ていて、ピアノを弾く人たち以外にもファンが増えているセヴラック。音の数が比較的少なく、シンプルな構成でありながらも雰囲気のある音楽は、アレンジャー魂をそそるタイプといえます。
原曲の演奏にもいえることですが、この「雰囲気」というもの、それはドビュッシーをして「フランスの大地の素敵な匂い」と言わしめたものですが、この「かぐわしさ」がどのくらい豊かに広がるかは、まさに演奏の腕の見せ所。演奏の完成度が上がってくると、ただ譜面の通り音を出したのとはまるで別の曲に聞こえるくらい違ってくるので、音楽的にまとめていく過程では、やはり慣れやコツ、アンサンブルの成熟度が必要かもしれません。たった2本のフルートなのに、いや、たった2本だから、です。
譜面通りに通して吹くと、ちょっと長めなので、楽譜のEからHまでのリピートは省略してもOKです。同じフレーズがたくさん出てくるので、しっかり意識して、何となく流されないようにしてください。Gの頭やJの頭のピアニッシモが弱弱しくならずに綺麗に決まると、ぐっとお洒落な感じになってくると思います。(「季節の一曲」2025年7月~9月)
♪羊は安らかに草を食み(狩りのカンタータより)♪
Sheep May Safely Graze Cantata BWV208 (J.S.Bach/ Nanase) (3Flutes) MOS No.77 (2021)
バッハの声楽曲のなかでも、最も人気のある曲の一つがこの曲です。この曲ができた当時のバッハはまだ27歳。若者の年齢ですが、既に巨匠の魂を持つ存在であることが感じ取れるような、充実した音楽になっていると思います。オリジナル編成にとどまらず、いろいろな楽器の仕様に編み直され、愛され続けてきたこの曲は、まさに「自分の楽器でもこの素敵な曲を奏でたい」という思いをそそる曲の代表格なのではないでしょうか。
その人気のゆえんは、やはりこの何とも言えない幸福感にあふれた音楽の気分にあるのだと思います。この時代にはまだ、現代のような性能を持つフルートは存在しませんでしたが、この天国的な気分は、現代フルートの持つクリアな音の世界によって更なる広がりを得ることまちがいなし、と思って三重奏に書き下ろしました。
当時、コロナ禍の行動制限で世の中の気分が沈み込み、人々が内省的な気持ちになっていた頃、幸福って何だろう、喜びって何だろうと問いながら、音楽の中の幸福感に救われ、書きながら励まされる気持ちになりました。
クラシックに日頃たくさん接していない方々には、タイトルがちょっとイメージしづらいかもしれませんが、羊は民衆のこと。良い羊飼い(善き牧者、つまり統治者やキリストの比喩)がいるおかげで羊は幸せな気分でモグモグできる、といったところです。ベーシックな喜びですね。
演奏に当たっては、高音域の決め所が多いので、そこを力まずきれいに歌うのがちょっと難しいかもしれません。(「季節の一曲」2025年4月~6月)
♪悲愴ソナタ2楽章♪
Sonate "Pathétique" Mov.Ⅱ" (L.v.Beethoven/ Nanase) (3Flutes) MOS No.74 (2020)
ベートーヴェンの生誕250年のアニバーサリー・イヤーに当たる2020年に、フルート三重奏のために、このシリーズで書き下ろした編曲作品です。
20代後半の若き日のベートヴェンのフレッシュな感性と、それとは相反する大家のような老成した精神性を併せ持ったこの「悲愴ソナタ」は、ピアノ曲としてあまりに良く知られた曲であり、特にこの2楽章は美しい旋律が覚えやすくて、幅広い層に人気のある曲と言えます。
フルートの鳴りやすい音域を考えて、F-Dur(ヘ長調)の設定ですが、原曲の調性をその雰囲気を尊重しながらも演奏の都合で変えることは、実は音楽のさまざまなシーンでしばしば行われることです。原曲の重厚感あるAs-Dur(変イ長調)と比べて、もし、あれっと思うならそれは、この曲をしっかり聴きこんだり、弾きこんだりしている、ということでしょう。
人生のいろいろな時期で味わいの変わる曲、生涯付き合える名曲を、フルーティストの方々にも演奏して楽しんで頂きたい気持ちで書きました。
主旋律を取るパートが変わったり、旋律を受け渡してゆくところを、スコアを見てよく確認して下さい。楽譜のEからの三連音符のアーティキュレーションがうまく決まると、ぐっと曲の印象がアップします。力まず頑張りすぎないで、全体のバランスをよく聴きながら、自然に流れてゆくように、工夫してみて下さい。
実は、この曲を選曲するにあたっては、園田高弘70歳記念コンサート(1998年)のアンコールでの演奏に深い感銘を受けた経験が、大きなきっかけになりました。(「季節の一曲」2025年1月~3月)
♪降りつもる秋♪Autumn getting into full swing (Nanase) (3Flutes) MOS No.74 (2020)はるか昔に発表した『葉の調べ』という歌詞の付いた曲をベースにして、フルート・アンサンブルに仕立て直したのがこの『降りつもる秋』です。元の歌詞は、東京都北区にある旧古川庭園の洋館と庭をイメージして書かれたもので、レトロな洋館の雰囲気に深まりゆく秋の情景を織り込んだものでした。フルート三重奏としてこの楽譜で発表する際に、このタイトルに改題したのですが、これはちょうど2020年の春、新型コロナのパンデミックが始まって緊急事態宣言のなか、街に人の姿が消えた時期に書き下ろしたというタイミングと関係があります。とにかく行動を抑えて待つしかない時期。それはもしかしたら、冬眠のための冬支度のようであり、休息のため、次の鮮やかな目覚めのために何かを整えてゆったり待つことなのかもしれないと。全人類にとっての試練の時を、どうか乗り越えられますようにと、祈る気持ちでこの曲を書きました。降りつもるのは色とりどりの落ち葉であり、時の重なりであり、そこから生まれた様々な想いであり、きっとそれぞれの人生のシーンによって、つもりゆくものは様々でしょう。楽譜のAからCの32小節目までの「うた」の部分を、メロディーをしっかり意識してまとめることで、他の部分とのバランスが良くなるように思います。Dの器楽的なフレーズの処理の仕方で、曲全体の印象が変わると思いますが、作りこみすぎないで自然に流れる感じの方がうまくいくかもしれません。(「季節の一曲」2024年10月~12月)
♪80日間世界一周♪Around The World(V.Young/Nanase) (2Flutes) MOS No.13 (2000)夏は旅ゴコロをそそられる季節。音楽の翼を広げて、世界旅行はいかがでしょう。この原曲は、19世紀後半のビクトリア朝時代のイギリスを舞台にした同名の映画のテーマ。今や映画音楽の名作中の名作といえるでしょう。映画は1957年に劇場公開され、その年のオスカーを5部門受賞。アメリカ人作曲家ビクター・ヤングによるこの曲も作曲賞を受賞しています。ストーリーは、飛行機のまだない時代に、英国紳士が「80日間で世界一周できるか」という賭けをするもの。鉄道や船、気球や象にも乗り、日本にもちゃんと寄ってくれるのですが、それはそれは大忙しのドキドキハラハラさせられる楽しい映画です。イントロは、のんびり優雅な旅の始まりのイメージ。実はこの曲にはメドレーの要素が隠されていて、楽譜のAとBの部分を繰り返す(二回目は1stと2ndを入れ替えて)と長い時間演奏するシーンに対応できるというわけです。テンポは比較的自由な設定を考えていますので、各部分のテンポを変えてみたり、細かい部分の処理の仕方でいろいろな世界旅行の風景が広がって行くといいなぁと思っています。--- この作品は、実は私にとって「ムラマツ・オリジナル・シリーズ」の第一曲目という記念すべきもの。今もその時の気持ちを思い出します。原稿を提出した時、編集者から「なかなかいい感じですよ」と言っていただき、その声は今も心の奥深く残っています。(「季節の一曲」2024年7月~9月)
♪桜シャンソン♪A Chanson of Cherry Blossoms (Nanase) (2Flutes) MOS No.77 (2021)このフルート二重奏曲のベースになっている曲を、歌詞のついた曲として発表してから、実にもう30年以上が経ちました。私にとっては、当時を思い出す懐かしい曲である一方で、桜のテーマというのは、本質的に時代を超えて生き続け、新たな世界を広げてくれるものらしいという実感もあり、新鮮な驚きを覚える曲でもあります。元の歌詞は、恋人が去った今も、花は繰り返し咲く、遠い回想の中でその人は桜の精霊だったかもしれない、という幻想的な広がりのあるものです。華やかで、刹那的で、また内省的な静けさをも呼び覚ます、桜の何とも不思議な世界は、きっと日本人が桜と付き合ってきた伝統的な習慣を超えて、さまざまな背景を持つ人々の心をとらえるものなのかもしれません。たとえば、シャンソンのような洒脱な情感にも通うような気がしています。楽譜を見ると、Bからは、一見「あれ、主旋律は?」という印象を持たれるかもしれませんが、音を出してみると双方のパートで旋律が行き来していることが分かると思います。これができるのが、フルート二重奏の面白いところなので、ぜひそれぞれの役割を検討しながら楽しんで吹いて頂きたいと願っています。また、アーティキュレーションをしっかり丁寧に処理すると、ぐっと演奏があか抜けて世界が開けてくるのも、二重奏というシンプルな編成ならではのこと。79小節目のMeno Mosso のところの処理の仕方で、この曲の印象が決まると言ってもいいかもしれません。そういう意味では難しいところですが、テンポを緩めるというよりもむしろ、自由に語るイメージでラストを決める感じにすると、収まりがいいと思います。(「季節の一曲」2024年4月~6月)
♪カロ・ミオ・ベン♪
Caro mio ben (T.Giordani/ Nanase) (2Flutes) MOS No.65 (2017)
この曲を音楽の授業で歌った、という思い出のある方も少なくないかもしれません。声楽を習い始めると、まずはこの曲を歌えるようになりたいと思うような、代表的な一曲と言えます。
元の楽譜には、アリエッタつまり小さいアリアという副題がついていますから、オペラのアリアの情感などと通う気分を意識しているとも考えられます。
作者については、長年正確なところが分からない時期が続き、作詞者は今もなお不明です。まさに音楽が独り歩きをして(作者の存在を押しのける?かのごとく)、人々の間に広がったわけです。
「いとしい人よ」というタイトルですが、歌詞の内容は、愛する女性のつれない態度を嘆き、自分を信じてほしいと訴える切ないもの。
歌の曲ですから、長いひとまとまりのフレーズをうまく整えることが大切です。楽譜のBからは少しずつ器楽的なフレーズが出てきて、Dからは変奏になっていきますが、ここの細かいアーティキュレーションを丁寧に処理することでメリハリのある演奏にまとまってくると思います。短いカデンツも自由に楽しんでみて下さい。
テンポが揺れるところの処理は、二重奏の腕の見せどころかもしれません。
素敵なアンサンブルを期待しています。(「季節の一曲」2024年1月~3月)